絵手紙というルビコン川 -歳をとったら好きになるらしきものー

川を渡る 火曜日:加齢報告

どうも、非効率系ミニマリストのカタカナです。

いかがおすごしでしょうか。

カタカナ
カタカナ

火曜日は加齢報告
ばあさんになったら好きになるかもしれない3つについて。

絵手紙が怖い

 

私には心配があります。それは、

「自分がいつか絵手紙を描きだすんじゃないか」ということ。

けっこう戦々恐々としています。

 

絵手紙とはみかんやひまわりやら季節感のあるちょっとしたものと気の利いた一言を添えて、水彩絵の具ではがきに書くあれ。

こぎれいな定食屋に飾ってあって、だいたい「ありがとう」って描いてある。

特に高齢者に人気があるようで、カルチャーセンターだけでなく区民会館的な場所でも教室が開催されています。

この絵手紙をいつか自分が描き出したらどうしようと思っているのです。

 

絵手紙をバカにしている訳ではありません。

素敵な趣味です。

ただ、カレーヌードルに白飯ぶっこんで食べるならず者の私にとって、絵手紙を描くのはルビコン川を渡って向こう側に行く、というくらい遠いイメージ。

だったら2者が交差することはないだろうと思いがちですが、意外とそうでもない。

 

理由:歳をとったから

子どもの頃、おかあさんやおばあちゃんが、せんべいやおかきのような乾き物ばかり食べていることがよく分かりませんでした。

ケーキやクッキーの方がおいしいのに変なの。

「歳取ったら食べたくなるの」と言われたものの、そこからずっと謎のままでした。

それから30年。

いま、私はせんべいやおかきばっかり食べています。

 

なぜか。

理由なんかありません。わかりません。

「歳取ったら食べたくなるの」

これ以外に説明が付かないのです。

理由も分からないまま、粒より小餅を毎週買っています

味しらべ(和風のハッピーターン)なんざあ、制止されなかったら一度に一袋食べきる勢い。

 

おそらく絵手紙を描いているおばあちゃんおじいちゃんも、描く理由なんか特にないのだと思います。

あえて言うなら「歳取ったから描きたくなった」のだと思うのです。

そうなると、ならず者の私でも無意識下に川を渡り、絵の具を買ってスイカを描き、熱中症に気をつけてね出会いに感謝等と描き、東京に住む孫に送りつける可能性もゼロではありません。

絵手紙と私の2者は交差するのではなく、じわじわと私が絵手紙に侵食されていくというか。

浅瀬で遊んでいたと思っていたら、いつの間にか川を渡ってしまっていたと言う方が正解に近い気がします。

 

いつか好きになるらしい2つ

見回してみると、歳を取るうちに川を渡るらしきものは意外とあります。

いわく、歳をとると演歌が好きになるらしい。

氷川きよしを好きになる、が正確かもしれません。

なぜか応援したくてたまらなくなるようです。

 

いわく、歳をとると男はつらいよで笑ってしまう。

昔、島田紳介が話していたのですが、1mmも面白いと思ったことがなかったのに、50歳を越えたある日、突然に寅さんの挙動にぷっと吹き出してしまったそうな。

(隣で聞いてた松本人志はマジかって顔してた)

 

どっちも全く悪いことではないです。

ただね、ちょっとだけ受け入れにくいというだけで。

 

自分が大人だと感じていた人たちが言っていた言葉。

それはずっとずっと先の未来、というより一生こないだろうと思うくらいリアリティがなかった話で。

でも実際に自分の身に起こってきている。

もうあんなところまで来てしまったのと、心の中にいる子どもの私が抵抗しているのかもしれません。

だからいずれ絵手紙を描きだすかもしれんって怖がってるんやなあ・・・

それでもおかきの実例がありますから。

きっと描くね。

 

絵手紙、演歌、寅さん、の3大ルビコン川。

やっぱり私も川を渡って向こう岸に行くのでしょうか。

きっと行くんだろうな。

子どもに「どうして好きなの?」と聞かれたら、「年取ったからや」と答えるのです。

 

あー!でもやっぱり絵手紙描きだすかもしれん自分が怖い。

もし私から味しらべを描いた絵手紙が届いたら、あいつもとうとうルビコン川を渡ったか・・・と思っていただけたら幸いです。

本日もここまで読んでいただいてありがとうございました。

ではまた明日。