毎朝会うおじいさんと犬の話

おじいさんと犬 土曜日:雑多な話2

おじいさんと犬の話

毎朝会うおじいさんがいる。

私は電車通勤だから、平日は駅まで片道15分てくてく歩く。

その道の途中でいつも会うのだ。

 

おじいさんは決まってガレージの前にイスを出して座っている。

開襟シャツをパリッと着こなして、きれいに櫛を通した耳の下まである白髪、大きめの黒縁めがねをかけて新聞を読んでいる。見かけるたびに「手塚治虫先生が建築家だったらこんな感じかな」と思う。

きっとベレー帽が似合うだろう。おしゃれなおじいさんなのだ。

 

前を通り過ぎる時、「おはようございます」と声をかけると「おはよう」と右手を挙げて挨拶してくれる。

おじいさんの足元には黒い塊。

飼い犬のミニチュアダックスフンドである。

晴れの日、曇りの日、二人はいつも自宅の前で日光浴をしているのだ。

犬はつながれておらず、いつも「ふせ」の姿勢のままおじいさんの足元でじっとしている。

 

私は犬の気を引こうと手をひらひらさせてみるけれど、ちらっとこちらを見るだけで一切動かない。

全身から放たれる「ふんっ」の雰囲気。

完全無視の構えである。

それを見ておじいさんは笑いながら「すいませんなあ」と言い、私はあはは・・・と曖昧に笑って駅に向かう。

この流れが朝のルーティンになってから1年ほど経つけれど、犬の態度は一貫して変わらない。

出会ってから今までずっと「ふんっ」なのである。

 

 

きっとシャイな犬なのだろう・・・

そう思って過ごしてきたのだけど、先日見てしまったのだ。

隣家の建て直し工事にやってきた男性作業員に、犬が走り寄るところを。

今日出会ったばかりであろう人間の足元にじゃれつくところを。

おじいさんが慌てて追いかけてきていたから滅多にないことのようだったけど、それでも男性作業員に対して嫉妬心が止まらない。

 

私はいきものがすきであるし、他所の犬も自分の犬だと思っているから、おじいさんの犬とどうにかして仲良くなりたい。

犬だけに限らず、どんないきものでもじゃれついてきてほしいのだ。

「絶対に人に心を許さないあの人食いトラがこんなに懐くなんて・・・・!!」みたいに、代々の語り草になるくらいグイグイきてほしい。

しかし、いきものたちはそんな下心を見抜くのか、全然構ってくれない。

おじいさんの犬にも私の人間的欠陥を見透かされているような気がして、少々へこむ。

 

 

今朝も見事に無視されて、駅へ歩く。

そっけない犬に比べて、おじいさんは打ち解けてきてくれているよなあ。

思えば始めに「おはよう」と声をかけてくれたのはおじいさんだったし、声だけだった挨拶もいまや右手を大きく上げてくれるようになった。心なしか笑顔も大きくなってきた気がする。

この前の雨の日なんて、二階の窓から身を乗り出して挨拶してくれたっけ。

犬も横にいた。

 

ふと足が止まった。

 

もしかして、犬はわざと私を無視しているのではないか?

「自分ではなく、ご主人を見て」と言っているのではないだろうか。

 

挨拶を交わすようになって1年経つけど、私はおじいさんの名前を知らない。

おじいさんの家は大きくて白くてモダンで明らかにお金持ちだけど、家族の気配がしない。
玄関に古ぼけた孫の自転車が置いてあるなんてこともない。

きっと犬と二人暮らしなのだろう。

夕方に通りがかると、二階の窓からテレビの音がする。大きめの音だから、少し耳が遠いのかもしれない。

 

それだけだ。

私はおじいさんのことを何も知らない。

だから犬は「おじいさんを見て」と言っているのかもしれない。

 

翌日、いつも通り「おはよう」と右手を上げてくれるおじいさんに「おはようございます。暑いですね」と返してみた。

「ほんまやね」とおじいさんは笑った。

犬はちらっとこっちを見て、無視を決め込む。

私は駅へと歩く。

 

暑いですね。

たった6文字だけど、昨日とは違う朝だ。

きっとこんな「少しずつ」を積み重ねて人は近づいていくのだろう。

まだまだ犬のおめがねには適っていないけれど、いずれ一緒に遊べる日がくるだろう、不思議とそう思っている。

あとがき

どうも、非効率系ミニマリストのカタカナです。

いかがおすごしでしょうか。

土曜日は雑多な話ということで、いつもとは趣を変えてお届けしました。

いつもどうでもいいことばっかり言っているけど、実はこんなポエミーなことも考えてるんだぜ!と主張したい(誰に)

カタカナ
カタカナ

今日もここまでお読みいただいてありがとうございました。

それではまた明日。